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トンカツ

Food Sample

食品サンプルの歴史

​Hisrory of

食品サンプルは、昭和初期に化粧品の技術から生みだされた。
初めて作られたのは「蒲鉾」だった。

かまぼこ

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かまぼこ

その頃、先代は化粧品の口紅を蝋(ろう)で作っていました。鮮度管理に困っていた行商に対し、蝋で蒲鉾の見本を作ってあげたところ、非常に重宝され、あっという間にクチコミで広がったとのこと。このきっかけから、「うちの食品も蝋で作って欲しい」という依頼が殺到し、本格的に食品サンプルを製造するようになったそうです。

 本格的に「食品サンプル」として普及をしたのは、関東大震災が明けた昭和のはじめ頃と言われています。北村サンプルは、昭和6年(1931年)に創業者である北村辰雄が大阪にて食品サンプル製造業を個人開業して以来、丸一世紀にわたり食品サンプルを製造し続けております。

 食品サンプルの起源は、北陸から来る蒲鉾(かまぼこ)の行商が、「蒲鉾を売り歩きたいのだが、すぐに傷んでしまって困る」という悩みを抱えていたため、先代が力を貸したことに端を発しています。

 当時は冷蔵・冷凍技術が今のように充実しておらず、食品の保存が難しい時代。作りたては、美味しそうな蒲鉾であっても、数日で色や艶が悪くなり、美味しそうに見えなかったそう。行商が儲けるためには、「美味しそうに魅せること」がマーケティング上の競争ポイントだったわけです。そのニーズをしっかりと掴んだ先代の「時代を読む眼」は、たいへん鋭く、業界を切り拓き、大きくしたことも功績と言えます。

 ちなみに、先代のとなりで一緒に化粧品を作っていた方が、その後、独立し、大きくなって今あるのが有名な「シャンソン化粧品」さんです。

食品サンプルの普及は、
レストランの「オペレーション課題」が根っこにあった。

 日本は高度経済成長と共に「サラリーマン」という働き方が一般化し、いわゆる“庶民”と呼ばれる人が、百貨店(デパート)の食堂(レストラン)で洋食を食べるようになります。

 庶民にとって、「初めて目にする洋食」を“メニュー表に書かれた文字列だけ”では、当然ながら想像できません。レストランの店員が一つひとつ説明すると時間がかかります。大量に押し寄せる庶民、説明に奔走する店員。レストランは、オペレーション上のトレードオフを抱えていました。

デパートのレストラン
ショーウインドウ

 そこで、店の入り口にショーウィンドウを置き、料理の見本を並べておけば、どのような食べ物かがすぐにわかり、また、通行人の足を止める効果も高かったことから、食品サンプルが爆発的に普及していきました。

 さらに、席に着く前にレジで食券を買う「料金先払い」のシステムも奏功し、レストランの回転率が飛躍的に上がるとの理由から、あっという間に評判となりました。

 やがて、百貨店が全国に出店すると共に、レストランの入口にある「食品サンプル」は一般化。町の喫茶店やおそば屋さん、お寿司屋さんでも使用されるようになりました。

 

 デパートの大食堂で入口のウィンドウに飾られた「楊枝の国旗がライスにそびえ立つお子様ランチ」には心躍らされた方も多いでしょう。

 

 現代において、食品サンプルを利用する飲食店の絶対数こそ減っていますが、写真やサイネージといった代替手段が台頭する中、いまだに圧倒的なアイキャッチから、デパートや商業施設などではマーケティングツールとして活かされ続けています。

 そして、食品サンプルで作られたマグネットやキーホルダーなどのプチアイテムが、生活者の間で流行するようになりました。様々な食品サンプルグッズは、「ジャパニーズカルチャー」として、日本国内はもとより、世界中の人々を魅了。姿かたちを変えながら、時は移ろい、新たな食品サンプルの時代が訪れようとしています。

寿司ピアス たまご
寿司キーホルダー エビ
寿司BOON いくら
寿司マグネット あじ
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